岡山地方裁判所 昭和43年(わ)785号 判決 1970年4月01日
被告人 大重盛明 外二名
主文
被告人大重盛明を懲役三年に、被告人松田文博、同伊藤宏海を各懲役二年に処する。
たゞし、この裁判確定の日から、被告人大重盛明に対しては四年間、被告人松田文博、同伊藤宏海に対しては各三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、被告人三名の連帯負担とする。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人三名は、いずれも、川崎製鉄株式会社水島製鉄所において、昭和興業株式会社の下請会社であつた世和産業株式会社の従業員として配管・熔接等の作業に従事し、倉敷市連島町矢柄五、九三五番地の三所在の昭和興業の矢柄寮に寄宿していた者であるが、同じく同寮に寄宿していた同僚の山下権一(当時二八年)は、酒癖が悪く、同僚に乱暴したり、無銭飲食等するため、被告人三名をはじめ、同僚は皆手をやき、同人をおそれていたところ、昭和四三年一二月七日には、右山下は、同寮の藤林清高に乱暴し傷害を負わせ、その仲裁にはいつた被告人伊藤宏海をも追いまわすようになつたため、被告人伊藤および藤林は、右矢柄寮から逃げ出すはめになり、同町内の喫茶店で、被告人大重盛明、同松田文博らと会つて相談のうえ、世和産業株式会社社長原元世基に連絡して右山下を引きとつて貰うことを決めて、被告人伊藤および藤林は、同町内の旅館に宿泊することになつた。
翌八日、被告人大重は、朝社長に電話したが、不在のため社長夫人より右山下を大阪に帰す旨指示を受け、被告人松田においてその旨を山下に告げ、旅費として一、〇〇〇円を手渡したところ、同人もそれを了承したのであるが、同日午前一一時、タクシーに乗つて前記水島製鉄所構内に赴いた山下は、工事用ナイフを取り出して、被告人伊藤および藤林を追いまわしたり、配管取付のために作業中の被告人大重に対し「大重殺してやるから、降りてこい。」等とわめきながら、追いまわしたり等したが、同製鉄所の保安係が、山下から入門証をとりあげて構内から追い出した。
このようなことがあつて、被告人三名は、水島警察署に二度に亘つて保護を求めたところ、現行犯でなければ逮捕できないので、屈強の被告人らにおいて力を合わせてとり押えたらどうかと教えられただけであつた。
そこで、やむなく、被告人三名は、右山下からの危害を避けるため、他の三名の同僚と共に、連島町内の旅館に宿泊し、翌九日朝、被告人大重は、前記原元社長に電話し、山下のことで相談したいので、水島に来るように要請した。そして、同日、午后四時頃、被告人三名は前記水島製鉄所内無水フタル酸製造工場建設現場付近において、被告人大重の提案で、山下から逃げてばかりいないで、山下が兇器を持つて危害を加えて来たら棒で打ちすえ、針金で縛つて、警察につき出そうと相談し、工事現場の足場用の丸太棒、角材をのこぎりで適当の長さに切り、丸太棒三本、角材二本、バン線三本(同号の五)を用意し、これらを、世和産業従業員の送迎用マイクロバスに積み込み、午後六時頃、矢柄寮に帰つたが、被告人大重は、ヘルメットをかぶり、丸太棒一本(昭和四四年押第二八号の四)を手に持ち、被告人松田は、角材一本(同号の二)を手に持ち、被告人伊藤は、ヘルメットをかぶり、丸太棒一本(同号の一)を手に持つて、同寮内の食堂に入つた。同食堂には、既に原元社長が来ており、被告人らは、共に夕食をし、山下の処置につき雑談していたところ、午後七時三〇分頃、山下から電話があり、山下は、被告人大重に対し、「社長が来ておろうが。」と尋ねたので、社長が来ていることが知れると山下はやつて来ないと考えた被告人大重は、「来ておらん。」と答えたところ、「嘘を言うな。わしは、今窓の裏から社長とお前らが話をしていたのを見ているぞ。これからお前らを殺しに行つてやるから待つておれ。」と怒号して電話を切つた。被告人大重は、山下が食堂に来ては他の者に迷惑がかかると思い、前記丸太棒を持つて、「山下が、わしを殺すといつて、こつちに来る。」といいながら、食堂を出たところ、被告人松田は、前記角材を、被告人伊藤は、前記丸太棒を手に持つて山下を捕えるべく食堂を出た。
(罪となるべき事実)
被告人三名は、山下権一を捕えるべく同日午前七時五〇分頃、倉敷市連島町五、九三五番地の三前記矢柄寮南東の持原義則方前付近で待機していたところ、同所から西方の山際に山下が居るのを発見したので、同所北西の倉庫前空地に赴くと、長さ約一・六メートルの先のとがつた竹槍(同号の三)を携えた山下が現われ、いきなり右竹槍で、被告人大重の腹部を突き刺したが、たまたま同被告人は万一に備えて腹部に週刊紙を巻いていたため、後方に転倒したにすぎなかつたが、更に山下は右竹槍で、被告人大重の頸部を突いて来たため、被告人ら三名は憤激し、こゝにおいて、被告人大重の身体を防衛するため、山下を殴打して捕えようと共謀し、こもごも、同人に対し、石を投げたり、所携の丸太棒、角材で同人の頭部、背部等を殴打し、更に、山下が、右空地から東方の当時の長谷川体育施設寮前空地まで逃れたのになお同様の暴行を加え、よつて同人に対し、頭蓋骨々折を伴う頭部挫創の傷害を与え、それに基く硬脳膜ならびにくも膜下出血により同日午後一〇時一七分頃、同市連島町亀島新田一、二一九番地水島第一病院において、同人を死亡するに至らせたものであり、被告人三名の右行為は、急迫不正の侵害に対する防衛行為であるが、防衛の程度を超えたものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の正当防衛の主張に対する判断)
弁護人は、被告人三名の右行為は、正当防衛であると主張するのでこの点につき判断する。
一、侵害の急迫性
(1)(侵害の予見)
前示認定のとおり、被告人三名は、予め、山下権一が兇器を持つて危害を加えてくることを予想して丸太棒、角材、バン線を用意していたものであり、又犯行直前に山下から、被告人大重に対し、「殺しに行く。」との電話があり、被告人松田、同伊藤も、そのことを知つて、丸太棒、角材を所持して山下の現われるのを待機していたものであつて、山下の侵害行為を予見して、丸太棒、角材を所持していたことは明らかであるが、被告人らは、山下が竹槍で被告人大重の腹部、頸部を突いて来たために、反撃行為に出たものである。
このように侵害行為の着手後に、侵害を排除するために、反撃行為に出る場合は侵害行為を予見していたからといつて、それが急迫な侵害でないと云うことはできない。
けだし、法は不正な侵害に対し、逃避する義務を課するものではないからである。
(2)(侵害の継続)
前掲各証拠によれば、山下は前記侵害行為後、被告人らの反撃にあつて退却し、判示長谷川体育施設寮前空地で、路上に転倒してもはや何らの攻撃に出ておらないにもかかわらず、被告人らはなおも山下に対し暴行を加えていることが認められるのであるが、山下の死亡の原因となつた頭蓋骨々折を伴う頭部挫創の傷害が、果して同人の右侵害行為に対する被告人らの最初の反撃行為に起因するものであるか、山下が転倒して攻撃することが事実上困難になつた後に加えられた暴行に因るものであるかを断定することは証拠上困難であるが、被告人三名の右暴行は、山下の右侵害行為に対する反撃に基因するもので、全体的に観察すれば、連続的な反撃行為と解すべきであり、侵害はなお継続中で、急迫な侵害があつたとみるのが相当である。
二、防衛行為
被告人らが本件犯行に及んだのは、山下の被告人大重に対する二度にわたる侵害行為に憤激したものであることは、判示の通りであるが、山下は、先のとがつた竹槍で、被告人大重の腹部、頸部を突いており、たまたま、被告人大重において腹部に週刊誌を巻いていたために転倒しただけですんだのであつて、兇器の種類、侵害行為の態様、犯行に至る経緯(特に、被告人らは、山下を警察につき出す意思であつた。)山下の直前の言動、被告人らの準備した兇器の種類等からすれば、被告人らの本件行為は、被告人大重の生命若しくは身体に対する侵害の危険を排除するための防衛行為であるとみるのが相当であり、被告人らが憤激していたからといつて、防衛行為を認める妨げとはならないというべきである。
三、已むことを得ざる行為
被告人らは、本件犯行前、山下からナイフを持つて追いかけられた際には、逃げまわつていたものであるが、警察署に保護を求めたものの、被告人らにおいて捕えるように申向けられていたため、已む得ず、丸太棒、角材などを用意して、山下を捕えようとしていたものであることは判示のとおりであつて、かかる状況においては、山下の侵害行為から逃避することが、被告人らに全く不可能でなかつたとしても、積極的に反撃行為に出たことをもつて、已むことを得ざるに出たものではないと論じ去ることはできない。
ところで、被告人らは、飽くまで山下を殴打して捕えようとしていたものであること、山下が持つていた兇器が、先のとがつた竹槍であつたとはいえ、竹であるから、それを払い落とすのは比較的容易であつたと思われること、侵害者は山下一人であつたのに反し、防衛者は被告人三名であること、被告人三名の年齢、体格からして、山下を捕えることは比較的容易であると思われること、山下が、被告人らの反撃によつて後退し、しかも路上に転倒していたにもかかわらず、なお反撃行為を加えたこと等を考慮すると、被告人三名の行為は、防衛の程度を超えたものと認めざるを得ない。
四、以上の理由により当裁判所は結局、弁護人の正当防衛の主張を採用せず、被告人三名の行為は防衛の程度を超えたいわゆる過剰防衛に当るものと認定した次第である。
(法令の適用)
被告人三名の判示所為は、いずれも刑法二〇五条一項、六〇条に該当するので、いずれもその刑期の範囲内で、被告人大重盛明を懲役三年、被告人松田文博、同伊藤宏海を各懲役二年に処し、いずれも、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判の確定した日から、被告人大重に対しては四年間、被告人松田、同伊藤に対しては各三年間、それぞれその刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八二条を適用して、被告人三名に連帯して負担させることとする。よつて主文のとおり判決する。